企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第10回 
ミュゲ・イプリッキチに聞く10

―『とんだ火曜日』の主人公、空想が好きな女の子スィベルはどうやって生まれたのですか
M・İ:スィベルを作っている一部は私、といってもいいでしょうね! そして彼女の名前は、アナトリアで古くに信仰されていた女神キベレ(注1)から来ています。スィベルは、キベレの現代版の名前です! 子どもたちにこの女神を―キベレは豊穣と多産をつかさどる女神ですが―『とんだ火曜日』を通じて思い出してほしかったのです。
 
 
―ということは、スィベルはミュゲさんの子どものころに似ているのでしょうか。彼女の空を飛ぶ空想や夢は、ミュゲさんの実体験であったり
M・İ:まさにそのとおり、そっくりですよ! 私の方は、いまになって飛びはじめたようなものですけれど……。本を書くというのは、空を飛ぶのに似ている、と思っているので……。
 
 
―作品では、特に市場の場面で、「音」「人の声」というものに焦点を当てているような気がします。トルコでは、空間がひとの声や音で満ちているなと感じますが、それは意識しましたか
M・İ:それは非常に正しい指摘ですね。ここは、空気が音と声で満ちた場所です。トルコ人というのは、雑然とした考え方を好むひとたちです。というより、騒がしく雑然とした中で生きることを好む、と言いましょうか! この作品を書きはじめたとき、実は私は国外にいました。そして、周囲はなんと静まりかえっていたことか。物語を書きながら、パザルとあの喧騒の中を歩きまわれたこと、それがどれほど私を幸せにしてくれたことでしょう。
 
 
―トルコのパザルの生き生きした感じを出すため、どのような描写の工夫をしたのですか
M・İ:そうですね、形容詞を多く用いました。擬態語、擬音語を文章内に意識して配置したこともそうかもしれません。停滞した感じがする説明文を用いることなく、パザルの騒がしさや喧騒を表現するために、特に好んで用いたテクニックです。さらに、ムスタファ・デリオールの挿し絵が入ることで、作品にまったく別の美しさも加わったと思います。
 
 
―市場の場面で特に気に入っている挿し絵があれば教えてください
M・İ:主人公スィベルが空を飛んで、イスタンブルとカドゥキョイを鳥の目線から私たちに見せてくれる場面がとても好きです。
 
 

●ミュレン・ベイカンのひとこと

―挿絵を担当したムスタファ・デリオールは、『とんだ火曜日』を気に入りましたか
本作のデザインを担当したスザン・アラルといっしょに、ムスタファ・デリオールに挿絵を依頼しようと決めたとき、彼がこの作品を気に入る、という自信がありました。そして、確かにそのとおりになりました。ムスタファ・デリオールは作品を気に入り、特に、大空を舞う主人公をとても素晴らしい視点から描いてくれました。
 
スザン・アラルのページデザインに合わせ、ムスタファ・デリオールは大いに頭をしぼってくれました。絵をどのように配置するか、私も一緒になって必死に考えたのを思い出します。こうして、ムスタファ・デリオールは、短期間ですべての作業を終わらせてくれました。
 
 
注1:キュベレーとも。今日のトルコの大半を占めるアナトリア半島にあったフリギア(古代アナトリア中西部の王国、地域。紀元前12世紀ころにこの地に移動してきた)で信仰された大地母神。古代ギリシア、古代ローマにもその信仰は広がった。
 

© suzuki ikuko
アンカラのアナトリア文明博物館に展示されているキベレ。ライオンをつれている

 
 

 ●著者紹介


Müge İplikçi
(ミュゲ・イプリッキチ)
イスタンブル生まれ。アナドル高校卒業後、イスタンブル大学英語学・英文学学科を修了。イスタンブル大学女性学学科および、オハイオ州立大学で修士課程修了後、教員として勤務する。
 
当初は短編で知られていた。『タンブリング』(1998)をはじめとして、『コロンブスの女たち』、『明日のうしろ』、『トランジットの乗客』、『はかなきアザレア』、『短気なゴーストバスターズ』、『心から愛する人びと』など。小説には『灰と風』『ジェムレ』(アラビア語に翻訳された)、『カーフ山』(英語に翻訳された)、『美しき若者』、『父のあとから』、『消してしまえ頭から』など。これに加え、『廃墟の街の女たち』、『ピンセットが引き抜くもの』(ウムラン・カルタル共著)、『わたしたちは、あそこで幸せだった』などの論考を発表している。現代という時代、日常の中にある人びと、人間関係、人間関係の一部である女性に関するテーマを好んで取り上げる。
 
児童・ヤングアダルト向け作品には、『とんだ火曜日』(ドイツ語に翻訳された)、『不思議な大航海』、『目撃者はうそをついた』、『隠れ鬼』、『石炭色の少年』、『アイスクリームはお守り』、『おはようの貯水池』など。
 
トルコ・ペンクラブ女性作家委員会の委員長を4年務め、長年、研究者及びコラムニストとしても活動した。現在、メディアスコープtvにおいて「オリーブの枝」、「シャボン玉」という番組のプロデューサー兼司会者を務めている。また、子どもたちと共に出版した雑誌「ミクロスコープ」の編集長でもある。
 
 
©Müge İplikçi
 
 
 
Müren Beykan
(ミュレン・ベイカン)
1979年、イスタンブル工科大学を卒業。1981年、同大学建築史と修復研究所で修士を、2004年にはイスタンブル大学の文学部考古学部で博士を修める。博士論文は、2013年、イスタンブル・ドイツ考古学学会によって書籍化された。1980年以降は、1996年にイスタンブルで開催されたHABITAT II(国連人間居住会議)のカタログの編集など、重要な編集作業に多く参加する。

1996年、ギュンウシュウ出版創設者のひとりとして名前を連ねる。現代児童向け文学、ヤングアダルト文学の編集、編集責任者、発行者として活動する。ON8文庫創設後は、ギュンウシュウ出版と並行して、こちらの編集責任者も務めている。
(写真は、ミュゲ・イプリッキチのYouTubeチャンネル「オリーブの枝」に出演したときのもの)
 

 
 
Mustafa Delioğlu
(ムスタファ・デリオール)
イラストレーター。1946年、トルコのエルジンジャン生まれ。1968年からイラストレーターとして活動する。1975年に個人のアトリエを開設し、主に、本の表紙と児童向け作品の絵を手がける。独自のスタイルを構築し、展覧会も開催している。ギュンウシュウ出版では『ノミがとこやでラクダがよびこみ』(2008)、『とんだ火曜日』(2010)、『力をなくした王さま』(2011)、『おはなしはピョンピョンとびまわる』(2015)などの挿し絵を手がけている。妻とともにイスタンブルに暮らす。
 
 
●著者紹介

鈴木郁子(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。

帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)