企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第16回 

奥さんの報告

コーチの奥さんは、浩太たちをまっすぐ見て話してくれた。
 最初、礼奈の父さんに同調して視聴覚室の空気は冷たかったという。
 枝里子先生は、じっと批判を聞いていた。
 礼奈の父さんが、
「娘の気持ちを、ちゃんと考えてもらいたいっ」
 そう強く言った時、枝里子先生は立って「配慮が足りずに、大変申し訳ありませんでした」とあやまった。
「枝里子先生が、あやまる必要なんかないよっ」
 4人は、いっせいに抗議した。
 奥さんは、にっこり笑って4人を見まわした。
 枝里子先生は、それまでの経緯をていねいに説明した。
 子どもたちの中から疑問が出て自分たちで調べはじめたこと、それを大事にしたかったこと。
 礼奈の父さんは、
「まだなんもわかんない子どもなんか、まちがった方向に行くんだ。それをとめるのが大人の役目だろう。どうして、とめないんだ」
 と、反論した。
 枝里子先生は、礼奈の父さんを見て言った。
「まちがった、方向でしょうか? 私は、大事なことだと思いました。もちろん、礼奈さんの気持ちはとても大切です。でも、礼奈さんと同じ歳で目の前の海に沈んだ子どもの気持ちを、考えなくていいでしょうか?」
 その一言で、視聴覚教室は静まりかえったという。
「私、この先生、どんな時もどんな子どもの気持ちも、一番に考える人だなって思った」
 自分がほめられたわけでもないのに、4人はいっせいに鼻をふくらませ胸をはった。
「なに言ってんだ、死んだ子より生きている子のほうが大事だろっ」
 礼奈の父さんは、声をあらげた。
「えーっ」
「なに、それ。自分さえよければいいって、そんなのないよ」
「だから、戦争が起こるんだっ」
「そうだ、そうだ」
 4人は、口々に言った。
 奥さんは、小さくうなづいた。
「お父さんお母さんの中にも、そう思った人がいたのよ。だから、そこからたくさんの意見が出たの」
「へぇ」
 4人は、とんがった口をもとにもどした。
「子どもたちの中から出た疑問は無視できない」という意見、「まだ早すぎる、もう少し大人になってから」という意見、いろいろあった。
「でもね、私が一番おどろいたのは、この事件を初めて知ったっていう人がとても多かったことなの」
 奥さんは、考えこむように言葉を切った。
〈えっ? 大人も、知らなかった? それって、どういうこと?〉
 浩太は、おどろいた。
 黙ってきいていた沢井コーチが、口をひらいた。
「戦争の話は暗いし悲惨だし、誰もしたがらないからなあ。それに、結論はたった一つ、『戦争をしては、いけない』。そんな決まりきった話を、誰も聞きたくないしなぁ」 
「でも、知らなきゃ、またすぐくり返します」
 敦也が、言う。
 コーチは、敦也の頭にそっと手を置いた。
〈枝里子先生、かわいそう……〉
 浩太は礼奈の父さんに抗議されている枝里子先生を想像して、胸が苦しくなった。
「でもね、たった一人だけいたの。おばあちゃんに聞いたことがあります、っていう人が」
「へえぇっ」
 4人は、思わずひざをのり出した。
「その人のおばあちゃん、留萌(るもい)の手前の三泊(さんどまり)に住んでいてね、戦争で物のない時代にお母さんが自分のピンクの絽(ろ)の着物をほどいてワンピースを作ってくれたんですって」
「絽(ろ)って、なに?」
 悠人が、聞く。
「夏に着る、薄くて涼しい着物のことよ」
 奥さんは、続ける。
「腰に、大きなリボンまでついていたそうよ。おばあちゃん、うれしくってね、それを着て浜へ行ったの。戦争は終わったし、きれいな服はきてるし、うきうきしながら行ったでしょうね。ところが、浜に着いたおばあちゃんは飛びあがってしまったの。浜には、陸に頭を向けた死体が何列にも並べられ、それがずらーっと留萌の方まで続いていたんですって。もうびっくりして、どこをどう走ったかもわからずもどってきたけど、その時の光景は何年たっても何十年たっても頭から離れないって、言っていたそうよ」
〈それ、たぶん第二新興丸の人たちだ……〉
 浩太は、思った。
 茂治(しげはる)さんが教えてくれた赤ちゃんを抱いた女の人、その人が出てきた船室には大きな穴があいていた。そこから、何人もの人たちが海に流されていったという。
 第二新興丸は潜水艦の追跡を恐れて、浜よりに留萌の港まで進んだ。
 海に流された人たちは、おそらく三泊(さんどまり)の浜に流れ着いたんだ……。
「『おばあちゃん、その時10才だったっていうから、浩太と同じ4年生だったんですねえ』って、その人しみじみ言ってたわ」
「浩太? ってことは、もしかして?」
 悠人が、聞く。
〈今日は、母さんが参加しているはずだ……〉
「こんなに真剣に調べているなら、あの子が『なぜ、ひっぱられるって言うの?』って聞いた時、ちゃんと話してやればよかったって、お母さん、後悔してたわよ」
〈なんだよ、それ。知ってたのかよ……〉
 浩太は、ぷっと頬をふくらませた。
「それでね、岩永くんのお父さんが言ってくれたの」
 今度は敦也が、緊張して奥さんの言葉を待っている。
「自分たちが疑問に思ったことを自分で調べて、それがたとえ戦争のつらい話でも逃げずにちゃんと向き合おうとしている。今どき、めずらしい子どもたちだ。吉沢先生、こういう子に育ててくれてありがとうございますって」
「ひゃあっ」
「やっるぅ」
 悠人と周平が、大よろこびで敦也の肩をぱんぱん叩く。
「いや、ぼくじゃなくて……」
 2人は、おかまいなしだ。
「おまえ、やっぱり政治家になれ」
「なれ、なれ」
「だから、ぼくじゃ……」
「清き一票、清き一票」
「一票、一票っ」
 さわぎを聞きつけたのか、いつのまにか香莉が事務所の戸口に立っていた。
「岩永さんは、こうも言ってくれたの。『新木さんの心配も親としては当然のことだし、まだ早いっていう意見もよくわかります』って」
〈へっ?〉
〈なんだ? 結局、礼奈の父さんの味方か?〉
 悠人と周平は、拍子ぬけして顔を見合わせた。
「だけど、そう言ってくれたから良かったの。もっと何か言おうとしていた礼奈ちゃんのお父さんが、黙ったのよ」
「ふうん」
 浩太と敦也は、いちいち反応する悠人と周平に苦笑した。
「じゃあ、いつから戦争の話をするのがいいのかっていうことも話し合ったんだけどね……。枝里子先生の話では、6年生で戦争を学ぶらしいわね。で、3、4年生では、自分たちの町について知る? 『ひっぱられる』は、その中から出てきたのよね?」
「うん」
 奥さんの問いかけに、4人はうなづく。
「4年生でするのがいいのか、6年生まで待てばいいのか……。結局、結論は出なかったのよ。それで、最後に岩永さんがまとめてくれたわ。『子どもたちがせっかくがんばっているんだから、もう少しまかせてみませんか?』って。そして、『大人も見てるだけじゃなく、できるだけのフォローをしましょう』って」
「やったーっ」
「やっぱ、すんげえっ」
 悠人と周平は、敦也の肩をまたばんばんたたいた。
 戸口の香莉も、うつむいてうれしそうに笑ってる。
「でも、礼奈ちゃんのこともあるしね、もしかしたら他にもそう思っている子がいるかもしれないから、無理強いはしない、個人の意思を尊重して慎重に進めるっていう条件つきよ」
 ふんふん
 すっかり気分のよくなった4人は、すぐに納得した。
「岩永さん、話が終わった後も新木さんと話し込んでいて、新木さんの気持ちをちゃんと受けとめてくれてるみたいだったわ。枝里子先生も、その横に寄りそってね」
 コーチが、言った。
「わかるなあ、歳とってからさずかった子どもだからなぁ」
「そうね、心配でたまらないのね。だれも、新木さんを責められないわ」
 奥さんも、言った。
 
 4人は、軽い足どりで沢井石油を出た。
「送るかい?」
 コーチが言ってくれたけど、香莉の手前4人はその申し出をことわった。
 男たるもの、そんな子どもあつかいを受けるわけにはいかない。
「じゃあ、今帰りましたって電話しておくから」
 コーチと奥さんは、言ってくれた。
 エアーボールでドリブルしながら、悠人が言った。
「二学期から、壁新聞つくれるなっ」
 浩太と周平は、複雑な気持ちで悠人の足さばきを見つめた。
〈これが天然じゃなく、努力の結果なのか?……〉
「よかったね」
 敦也が、言う。
「おれたち、がんばっべっ」
「おうっ」
 4人は、いつもの交差点で別々の方向へかけ出した。
 
 学校は、そのあとすぐに夏休みに入った。
 礼奈は、保護者説明会の翌日から学校には姿を見せなかった。
 夏休みに入る前、枝里子先生は保護者説明会の内容をちゃんと話してくれた。
 そして、最後にこうつけ加えた。
「わたしたち、礼奈さんの気持ちをしっかり考えなければだめだと思うわ。そうじゃなきゃ、弱いものを踏みつぶして戦争に走った人たちと同じになってしまう……」
 
 夏休み、サッカー練習のあとで4人は堤防に腰かけていた。
「なにか……、できないかなあ?」
 浩太が言う。
「なにかって?」
 悠人が、聞く。
「なんかこう、8月22日に、海に沈んだ人たちにおれたちの気持ちを伝えるなにか……」
 2学期の始業式は24日、22日はまだ夏休み中だった。
「泰東丸が沈んだのが、9時55分でしょ? その時間に浜にあつまって、なにかするとか……」
 浩太のつぶやきを、敦也がひろった。
「慰霊祭(いれいさい)か!」
「えっ? 慰霊祭?」
「なに、それ?」
「亡くなった人の魂(たましい)を、なぐさめる式だよ」
「たましい?」
「よくわかんないけど、敦也って何でも知ってるよな」
「ニッポン、よろしくっ」
 悠人と周平の選挙活動が、また始まった。
「その式……、どうやってやるの?」
 浩太が、聞く。
「みんなで集まって、お坊さんを呼んでお参りしてもらったりするんだ」
「お坊さんかあ、呼ぶったっておれたち金なんかないし」
「んだな……」
 一瞬の沈黙を、今度は周平がすくいあげた。
「頼んでみるか? おやじに……」
「えっ」
 みんなは、周平がお寺の子だってことをすっかり忘れてた。
「ひゃっほー」
「まじ?」
「それなら、ほんとの慰霊祭だっ」
 思わぬ展開に、みんなはいっきに盛りあがる。
「だけど……、引きうけてくれるかなあ? おじさん」
 敦也が、心配そうに言う。
「うーん? ちょっと頼りないとこあるけど、そういうの、あんがいちゃんとやるから、まあ、大丈夫じゃないか? まかしとけっ」
 周平は、胸をはった。
 
「枝里子先生、どうする?」
 それから4人は、どんな風にするかを具体的に話しあった。
「うーん? また問題になったらいやだから、おれたちだけでこっそりやるか?」
「そうだな……」
「沢井コーチは?」
「言ってみるか?」
「うん」
「したら、香莉もついてくるぞ」
「しかたないべ……」
「なら、大志にも言わないと」
「だな」
「おれ……、じっちゃんにも言いたい……」
 悠人が、言う。
「ああ、いいぞ」
「丹野さんは?」
「茂治(しげはる)さんか……」
「茂三おじいさんのことがあるからなあ、言ったほうがいいな」
「うん」
「ほかに、クラスの2、3人なら言ってもいい?」
 敦也が、遠慮がちに聞く。
「いいぞ」
「だけど、礼奈には知られないようにしないとな」
「うん、うん」
 4人のひそひそ話を、海がじっと聞いていた。
 

〈つづく〉

 
 
 
 

留萌市望洋遊園から留萌港南岸を望む
撮影:北川浩一
 
 
第二新興丸は大破し、大きく傾いてこの港に逃げ込んだ
撮影:北川浩一
 

●著者紹介


有島希音(ありしま きおん)
北海道増毛町生まれ。札幌市在住。執筆にいきづまると、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団のベートーヴェン、シンフォニー No.5を聴く。定番中の定番といわれようとなんといわれようと、私はこれで前へすすむ。同人誌「まゆ」同人。
著書に「それでも人のつもりかな」(2018・岩崎書店)。