企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第15回 

保護者説明会

「はい、早坂(はやさか)ですが」
 校長先生が、電話を取る。
「もしもし、新木(あらき)です……」
 電話は、礼奈の父さんからだった。
 要するに、娘をこんなに恐がらせる授業をするなんて、何事だという怒りの電話だった。
 
「職員にどんな教育をしているんだって、言ってやったんだ」
 キャベツ農家の礼奈の父さんは、悠人のじっちゃんの店で息巻いたらしい。
「保護者集めて、ちゃんと説明しろ」
 校長先生に、そこまで言ったらしい。
「そんなこと、いったってよぉ」
 学校帰りに堤防に腰かけて、悠人は口をとがらせた。
「礼奈なんか、ハエが飛んできたってきゃあきゃあわめくやつだぞ。一回、教室にトンボが入ってきたときなんかすごかったべ。あの恐がりよう。礼奈より、トンボの方がよっぽど恐かったべさ」
「だけど、あいつの家農家だろ、ハエだってトンボだっているべさ。いったい、どんな暮らししてるんだ?」
「いやあ、ばんっとした立派な家だぞ。ハエもトンボも、入ってこないかもな」
「ふうん」
「礼奈につきあってたら、おれたちなんもできないな」
「ほんとだよ」
 4人は、いっせいにうなづいた。
「枝里子先生、どうなるんだろう?」
 浩太が、つぶやいた。
「校長先生に呼ばれて、怒られたりするんだろうか」
「えーっ」
 4人は、いっきにしゅーんとなった。
 
 しゃーあ 
 ささーん
 
 海鳴りが、沈黙のすき間をぬっていく。
 
「だって、よぉ。枝里子先生が言ったわけじゃなく、おれたちが言ったんだぞ。ひっぱられるって、なんだ? って。」
 悠人が、言った。
 正確に言えば、最初に言い出したのは浩太だった。でも、悠人の中ではいつの間にか「おれたち」になっていて、そのことをだれも不思議に思わなかった。
「おれたち、知りたいと思っちゃいけないってことか?」
「ちがうよな」
 うん
「おかしいよな」
 うん うん
「枝里子先生は、ただおれたちを応援してくれただけだ」
 うん 
「なんで、怒られなきゃならないんだ?」
 うーん?
 4人は、そろって首をかしげた。
 
 しゃーん
 ざざぁ
 
 敦也が、海を見ながらぽつんと言った。
「ぼくさ、政治家になろうかな」
「えっ?」
「なんだ? いきなり、どうした?」
「おまえ、恐竜の化石見つけて新聞に載るんじゃなかったの?」
「うん。そうだけどさ……」
 敦也は、堤防から投げ出した足をゆらした。
「なんか、沢井コーチの話聞いてたらさ、政府や軍隊なんていざとなったら国民を守らないって。7月26日のポツダム宣言を日本が受け入れていたら、原爆もソ連参戦もなかったって」
「えっ? そんなこと言ったっけ?」
 きょとんとする悠人に、
「言った」
 周平が、答える。
「なに? どこのダム?」
「ちがうよ、ダムじゃない。ポツダムっていうドイツの地名だよ。な?」
 周平が、浩太と敦也に確認する。
「うん。ベルリン郊外のポツダムで、アメリカ、イギリス、中国が、日本にもう戦争はやめるべきだって無条件降伏をせまったんだ。後から、ソ連も加わったけどね。日本は、そのままいけばもう壊滅状態(かいめつじょうたい)になることはわかっていた」
「壊滅(かいめつ)って、なに?」
 悠人が、聞く。
「全滅(ぜんめつ)してしまう、ってことだろ」
 周平が、答える。
「なのに、日本政府はそれを無視した。当然、アメリカ、イギリス、中国は日本が戦争をやめる気がないって思うよね」
 敦也が、言った。
「そうだったのか……。おれ、政府や軍隊は国民を守らないってところでもう、あったまきちゃって、そっからあんまり覚えてないんだ」
 悠人は、頭をかいた。
「この時、ちゃんと話し合いに応じていれば、原爆を落とされることもソ連が攻め込んでくることもなかった。この海を通った、三つの船が攻撃されることもなかったんだ」
 敦也は、水平線に目をやった。
 沢井コーチの特別授業の日、敦也はサッカーが終わってからコーチに確かめに行ったらしい。こういうところが、他の3人と違うところだ。
「1708人だよ、命を落としたの。それも正確な数じゃないから、もっと多いかもしれない。一人一人にちゃんと名前があったはずなのに、どこの誰かも知られずにまだ沈んでいる人もいるんだ。本当に、政府なんか、国民の命はどうでもいいんだ。自分たちのものじゃないのに、自分たちで勝手に奪ってる」
 
 コンッ
 
 敦也は、堤防を蹴った。
「政治って、恐いって思ったよ。国民の命は、政治家にかかってるんだ……。恐竜の歴史は、1億6千400万年。人類は、たったの300万年。そんな短い間に、なにやってんだ、人間」
 
 コン
 コンッ
 
 敦也は、堤防を二度蹴った。
「コーチの話聞かなかったら、ぼくたち今も知らずにいたんだよ。知るって、大事なことじゃないのかなぁ?」
〈敦也……、かっこいいな〉
 浩太は、思った。
〈敦也が女子にさわがれても、もう、うらやましいなんて思わない〉
「おまえ、政治家になれ!」
 悠人が、敦也の肩をぽんとたたいた。
「おれはどこにいても、おまえに清き一票を入れてやるっ」
「おれもっ」
 周平も、敦也の肩をぽんぽんたたく。
「いてて、どこにいたってっていっても、選挙区がちがったら入れられないけどね」
 敦也が、笑いながら言う。
「へ? なに、それ?」
 敦也は、今度は選挙区の説明を始めた。
 浩太は、雲の下に裾だけ見せてる暑寒別岳(しょかんべつだけ)を見ながら思った。
〈枝里子先生、大丈夫かなあ?〉
「とにかく、おれたち負けないべっ」
「うんっ」
「枝里子先生に聞いてみてから、みんなで礼奈の父さんに会いに行くぞっ」
「おう!」
 4人の中で、話はまとまった。
 でも、学校の対応は予想以上に早かった。
 翌日にはもう、視聴覚室で保護者説明会が開かれることになっていた。
 
 夕方、学校側からは教頭先生、枝里子先生、角田先生が参加し、保護者側は30人くらいが集まった。
 沢井コーチと大志の父さん、坂田(さかでん)さんは、当事者という理由で参加しなかった。その代わり、沢井コーチの奥さん、つまり香莉(かおり)の母さんと大志の母さんは参加した。
 
 浩太、悠人、敦也、周平の4人はじっとしていられず、さそい合って沢井石油に集まっていた。沢井石油、小平(おびら)で唯一のガソリンスタンド、コーチの家だ。
「礼奈の父さん、ひどいよ!」
 悠人が、口をとがらせた。
「枝里子先生は、礼奈の母さんとちゃんと話し合ったんだよ」
 周平も、言う。
 コーチの前だけど、二人とももう敬語は忘れていた。
「ねえ、おれたち行かなくていいの?」
「枝里子先生、一人でかわいそうだよ」
「自分から参加するって言ったくせに、礼奈なんか、なんだよ」
 口々にそう言った時、コップを乗せたトレーを持って香莉が入ってきた。
 みんなは、一瞬だまった。
 ここが香莉の家であることを、すっかり忘れてた。
 学校ではほとんどパンツ姿の香莉が、スカートをはいている。
〈スカート……?〉
 
 なんだか気まずくなって、4人は下をむいた。
「さあ、飲みなさい。増毛(ましけ)のリンゴで絞ったジュースだから、おいしいよ」
 増毛町は、フルーツの産地だ。リンゴ、梨、さくらんぼ、ぶどう。暑寒別岳(しょかんべつだけ)のふもとには、たくさんの果樹園が広がっている。
 4人は、リンゴジュースを見つめた。
 鉄の女が運んできた、ジュース……。
 もじもじしている4人を残し、香莉はさっさと事務所を出て行く。
〈そういえば……、この頃なんだかおとなしいな〉
 香莉の後ろ姿を見ながら、浩太は思った。
 特別授業の時も、ぜんぜん発言しなかった。自分の父親だから、やりにくいのかな?
 でも、今、コーチの特別授業が問題になっていて、もしかしたら香莉も傷ついているかもしれない。
「うんめっ」
 先にちゃっかり、ジュースに口をつけた悠人が叫んだ。
「ほんとだ。本物の味だ」
 周平も、言う。
 浩太も口に含んでみると、まあるい甘みがふわっと広がった。
 増毛のフルーツは、甘さに角がなくやさしい味がする。
〈こんな時でも、おいしいものはおいしいなんて……〉
 自分たちのおかれた現実と、ジュースの味のギャップに浩太はとまどった。
 コーチが、言った。
「枝里子先生は、大丈夫だよ。あの人はやさしそうにみえるけど、本当は強い人だ」
 たしかに。おれたちが今日学校で「大丈夫?」って聞いた時、枝里子先生はいつもと変わらない笑顔で「心配しないで」って答えてた。
「それに、角田さんの話では、保護者が話しにくくなるから校長は参加しないけど、枝里子先生には『あなたが思う通りに話してきなさい、あとの責任は私が取る』と言ったらしいよ」
「へえぇ」
「校長先生、いいとこあるぅ」
 4人はちょっと、うれしくなった。
「で……、礼奈ちゃんだけどね。もう少し、待ってやらないか? 礼奈ちゃんも、がんばってると思うんだ。だって、一度は自分から参加するって言ったんでしょ」
「そうだよ」
「自分で決めたんなら、ちゃんとやればいいのに」
 4人は、口をとがらせた。
「まあ、まあ」
 コーチは、みんなをなだめた。
「人ってね、そんなに簡単にいくものじゃないんだよ。やろうと思って決心しても、気持ちと体がどうしてもついていかない、そういうことってあるんだ。だけど、最初から簡単にできちゃう人より、失敗しながら少しずつ自分のものにしていく人の方が、最後にはずっとよくなっているっていうことってあるからなぁ。人は、それぞれなんだよ」
「だってぇ……」
 不満そうな悠人を見て、コーチが言った。
「悠人だって、そうだろ?」
「へっ?」
「ドリブルもリフティングもよくできて最初からレギュラーとったけど、試合しながらものすごく考えて、うちで相当練習してるだろ?」
 急にふられて、悠人はだまった。
「えーっ? そうなの?」
「運動神経抜群だから、練習しなくても最初からできるんだと思ってた」
 浩太と周平が、同時に言った。
「まあ、生まれつきの能力っていうのはあるけど、それだけじゃあそこまでのボールさばきはできないよ」
「まじ?」
「お前、そんなことぜんぜん言ってないじゃないか」
 浩太と周平にやり込められて、悠人は小さくなっている。
「聞かれてないし……、サッカー好きだし……」
 コーチはそれから次々に、4人全員の良いところやクセ、これからどうしたらいいかを話しはじめた。
 4人は、コーチの前でいつのまにかぴんと背筋を伸ばし敬語を使っていた。
 保護者説明会の話は、すっかりサッカーの反省会に変わっていた。
 
 一続きになっている母屋からDVDを持ち出してきたコーチの話は、なかなか終わらない。
 そのうち、奥さんが帰ってきた。
「ただいま」
 残りのリンゴジュースも飲めずにかしこまっていた4人は、ほーっと肩の力を抜いた。
 

〈つづく〉

 
 

堤防
撮影:北川浩一
 
 
堤防
撮影:北川浩一

●著者紹介


有島希音(ありしま きおん)
北海道増毛町生まれ。札幌市在住。執筆にいきづまると、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団のベートーヴェン、シンフォニー No.5を聴く。定番中の定番といわれようとなんといわれようと、私はこれで前へすすむ。同人誌「まゆ」同人。
著書に「それでも人のつもりかな」(2018・岩崎書店)。