企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第9回 

茂治(しげはる)さんの話

 「あの人っ」
 叫んだ瞬間、悠人と周平がそろって一歩ひいた。
 浩太が指さしたのは仏壇が置いてある部屋の右上、天井近くにかけられた写真だった。
「海であったのは、あのおじいさんっ」
「どれ?」
 おじさんとおばさんが、浩太の指を追う。
「あの、一番右の人と同じ顔」
 浩太は、何枚か並んでいる写真の中の1枚をさした。
 おじさんとおばさんは、もう一度顔を見合わせた。
 おじさんはしばらく考えてから、静かな声で言った。
「まあ、あんたたち、ちょっとあがんなさいや」
 おばさんは、すっと奥にひっこんだ。
 玄関の隣の仏間に通されると、周平はうやうやしく仏壇の前に進みおりんをチーンとやった。大人になったら、こうして家々を回って歩く周平の姿がうかぶ。浩太も悠人も、周平にならって線香に火をつけた。
「浩太君って、言ったかい?」
 おじさんは、浩太にたずねた。
「はい」
「もう少し、くわしく話してくれるかい?」
「はい」
 浩太は、今まであったことを順に話しはじめた。
 浩太の説明を聞きおわったおじさんは、
「うーん」
 と、言ったきり黙ってしまった。
 ごくっ
 横で、悠人のつばを飲む音がいやに大きく聞こえる。
 周平も、体をかたくしてかしこまっている。
 おじさんは、天井の写真をさして言った。
「あれは茂三(しげぞう)じいさんで、私の父親なんだ」
ふうん、そうなのか〉
「2年前に、83で亡くなったんだ」
ふん、ふん〉
 ごくっ
 悠人が、またつばを飲み込んだ。
 おじさんの名前は、丹野茂治(しげはる)さん。奥さんは、照子(てるこ)さんと言った。
 浩太は、写真の茂三さんが海で会ったおじいさんとは思っていなかった。よく似た弟さんか、いとこがいるのだと思っていた。
「ひっぱられるかぁ、私もよく言われたなぁ」
 茂治さんが、なつかしそうに言う。
えっ?〉
 なんだか、流れがおかしい。
 とまどって、浩太は悠人と周平を見た。
 二人とも、困ったように目をぱちぱちさせている。
海で会ったおじいさんは、たしかに生きていた。そして、おれに話しかけたんだ……
 浩太が混乱しているうちに、茂治さんはかまわず話し出した。
「じいさんが、10才の時だったっていうなあ。10才っていうから、小学校4年くらいか。あ、あんたらと同じだな。子どもだったけど、物かげから見てたっていうぞ」
 そこで茂治さんは気がついたように、3人に聞いた。
「あんたら、終戦の後にこの海で樺太(からふと)の引き上げ船がソ連の潜水艦に攻撃されたの知ってるか?」
 3人は、そろってうなづいた。
「はい……
「ほう、感心だな。知ってるか」
 そう言いながら、茂治さんは続けた。
「遺体が筵(むしろ)にくるまれて、リヤカーで運ばれて行くのを見てたそうだ。じいさん、そのころ、秀浦(ひでうら)に住んでたからな」
秀浦……、滝下のばばちゃんと同じだ〉
「船が沈んだ時、漁師してた父さんに頼んだらしいぞ。はやく、助けに行ってくれって。でも、その時鬼鹿にあった船は3隻で、そのうち1隻のエンジンがこわれて、留萌まで新しいエンジンを取りに行ってたんだわ。留萌の方からソ連の飛行機は飛んで来るし、潜水艦はまだいるかもしれないし、残りの2隻で出て行くのは危ないって止められていたらしいな……
 そこで茂治さんは、言葉を切った。 
『ソ連が来たー』
 浩太は、そう言われて裏山に逃げた滝下のばばちゃんを思い出した。
 たしかに、そんな時に海に出て行くのは無理だと浩太も思う。
「それでもじいさん、よっぽどくやしかったんだな。亡くなるまで、その話してたもの。結局、新しいエンジン取り付けて3隻そろって沖に出たのがもう夕方の5時ころだったって。その時にはもうだれもいなくて、女の人の遺体を一つ拾い上げただけだったそうだよ。樺太へでも帰ろうとしたのかねぇ、遺体はみんな北へ北へと流されて。ちょうど運良く通りかかった日本の軍艦に、助けあげられた人もいたらしいな」
 茂治さんがそこまで話した時、照子さんが湯気の立ったふかふかの蒸しパンと温かい牛乳を持ってきてくれた。
「さあ、おあがんなさい」
 茂治さんはそう言うと、自分は仏壇に立ってチーンとりんを鳴らした。
 ものを食べるのはなんだか気がひけたけど、3人はすすめられて蒸しパンに手をのばした。
 その間に、茂治さんは照子さんに浩太の話を聞かせていた。
 照子さんは、
「そうなの、じいさんが……
 時々写真を見あげながら、うなづいていた。
 浩太は、遠慮がちに聞いてみた。
「あのう……、茂三さんには弟さんかいとこかなんかいないんですか?」
 茂治さんは、きのどくそうに言った。
「じいさんは、末っ子でね。もうみんな、あちらで眠っているよ」
 浩太の蒸しパンを食べる手が、とまった。
 照子さんが、とりなすように言った。
「びっくりしたでしょ。でもね、こういう話はたくさんあるんだよ」
 照子さんは、私の母さんの話だけどと言って話してくれた。
「うちも漁師だったからねぇ。3年後の8月22日の朝に、前浜に流れ着いた仏さんの供養をしようと、お寺で水仏(みずぼとけ)をつくってもらったのさ。あ、水仏ってわかるかい?」
「はい」
 周平が、すかさず答えた。
「うすい、木の板のようなものですよね」
「そうそう、よく知ってるねぇ」
「こいつ、寺の息子なんです」
 蒸しパンで周平をさして、悠人が言う。
「えっ、ああ、竜恩寺(りゅうおんじ)の。あのご住職の息子さんかい?」
「はい」
「それは、まあ」
 照子さんが言うと、
「どうりで、おまいりする姿が板についてたな」
 茂治さんが、笑った。
「その水仏をね、花と一緒にまるい藁(わら)の上に置いて海に流してやるんだわ。今は流すのは禁止だけど、昔は大丈夫だったからね。線香とろうそくをつけてみんなで海に向かっておまいりして、帰ってきてから茶の間でお茶飲んでたんだわ。そしたら、ガラガラって玄関の開く大きな音がするんだと。何かなと思って玄関見ると、戸はちゃんと閉まってる。ドンドンって人が入ってくる足音までしたのにおかしいねってみんなが不思議がってると、母さんのばあちゃんが言ったんだと。『こりゃあ、仏さんがお礼を言いに来たんだべ』って」
 はぁ……
 3人の中から、なんともいえないため息がもれた。
「ふふっ」
 照子さんは、笑った。
「あんたらには、信じられないよねぇ。私も最初は、つくり話だと思っていたもの。だけど、ほんとの話らしいよ。そこにいた、全員が聞いたんだから。私ら目に見えるものしか信じないけど、目に見えないことってやっぱりあるもんなんだねえ」
 照子さんが、しみじみ言った。
「私も、聞いてるぞ」
 茂治が、話しはじめた。
「はあっ……
 悠人が、今度ははっきりと声に出してため息をついた。
「あんまり聞きたくないか?」
 茂治さんが言うと、
「いいえ」
 周平が、すぐに否定した。そう言ってしまうのは、お寺のあととりのプライドか。
やめとけよ、周平。またどうせ、落ちこむんだろ……
 浩太は滝下のばばちゃんの家から帰る時、国道のトンネルの中で周平の背中がひどく頼りなかったのを思い出した。「こったら話、おめぇらに聞かせていいもんだべか」ってばばちゃんが聞いた時、「大丈夫」ってきっぱり答えたくせに。
 浩太が思い出しているうちに、茂治さんはもう話しはじめた。
「これは沈んだ泰東丸(たいとうまる)じゃなく、鬼鹿(おにしか)の浜に一回ぐーっと寄ってきて、かたむいたまんま留萌(るもい)の港に逃げこんだ新興丸(しんこうまる)の話だけど。新興丸は、知ってるかい?」
「はい。朝の5時くらいに、天売・焼尻(てうり・やぎしり)の方で撃たれた船でしょ?」
 悠人が、言った。悠人は勉強はぜんぜんだめだけど、かんじんな時にかんじんなことを覚えている。滝下のばばちゃんの話も、ちゃんと聞いていたのだ。
「よく、勉強してるなあ」
  勉強でほめられたことのない悠人は、茂治さんにほめられてにんまり笑ってる。
「新興丸は船底の船室の一つを撃ち抜かれて大きな穴があいたんだけど、波が来るたんびに、ぽっかりあいた穴から亡くなった人やケガした人が次々に吐き出されていくんだと。船員が必死になってロープを投げるんだけど、女の人ばかりだもの、泳いでそのロープにつかまれる人はいないのさ。他の船室にいて助かった人たちは、みんな甲板(かんぱん)に出てその光景を泣きながら見ていたと。見てた人たちの中に、赤ちゃんを抱いてぼう然と立っている奥さんがいたんだと。近くにいた知り合いが、不思議に思って聞いたと。『あんた、子どもはいないはずだけどその赤ん坊どうした?』って。そしたら奥さんは、『今、あの穴のあいた船室から女の人が出てきて、だまって私にこの子をあずけてまた帰っていった』って言うんだと」
えっ?どういうこと? 穴のあいた船室から、女の人はどうやって出てきたの? それで、また帰っていったって……
 浩太は、思った。
 
 
                               〈つづく〉
 

 
 
 
小平しべ川から暑寒別岳を望む
撮影:北川浩一
 
 
 

 
 
 
 
●著者紹介


有島希音(ありしま きおん)
北海道増毛町生まれ。札幌市在住。執筆にいきづまると、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団のベートーヴェン、シンフォニー No.5を聴く。定番中の定番といわれようとなんといわれようと、私はこれで前へすすむ。同人誌「まゆ」同人。
著書に「それでも人のつもりかな」(2018・岩崎書店)。