企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第3回 

「ひっぱられる」か、恐竜か

「それって、単純に海水温が下がるからじゃねぇの?」
 大志(たいし)が、言った。大志は、酒屋の息子だ。
 みんなが盛り上がってる時に、しらける一言を浴びせるのが得意だ。その場の空気は一瞬で凍りつくから、そういう意味では天才だ。
「それに、お盆すぎたらくらげだって出てくるしよ」
 横目で浩太を見て、大志は片ひざを揺らしながら言った。
「でも、この頃はお盆過ぎてもすんげぇ暑っついぞ。海に入るのなんか余裕だし、海温高けりゃくらげだってそんなに出てこれねぇんじゃない? でも、なーんかダメって言うよな大人は」
 周平が、浩太をかばうように言う。
「うん」
「うん」
 何人かが、うなづく。
「なんでだ?」
「なんでだろ」
 みんなが、考え始める。
 大志が面白くなさそうに、プイッと横を向いた。
「浩太君の他にも、ひっぱられるって言われた人はいますか?」
 枝里子先生が、聞いた。
「はいっ」
 悠人が、勢いよく手をあげる。
「じっちゃんに、言われたことある」
「おれも、言われた」
「私も」
 つられて、何人かが手をあげる。
「いったい、何にひっぱられるんだろう?」
 周平が、首をかしげる。
 うーん……。
 浩太は、教室の沈黙が耐えられない。見えない空気の圧力に、だんだん押しつぶされていくような気がする。
〈なんか、言わなきゃ……〉
 あせっていると、
「はい」
 香莉が、手をあげた。
「香莉さん」
 枝里子先生が、指名する。
「昔、浜にたくさんの死体が流れ着いたって聞いたことがあるんですけど……」
「えっ」
 今度は、香莉が教室の空気を凍りつかせた。
「ウソだろ」
「何、それ」
「聞いたことない」
 みんなは、息を飲んで香莉の顔を見つめた。
 恐がりの礼奈(れいな)なんか、ひっと喉を絞め上げられたような声を出し、もう目の前にゆうれいでも見たように両手で顔をおおっている。
「どうして流れ着いたのか、香莉さんは聞いたことがありますか?」
 枝里子先生が、言った。
 礼奈が、不安そうに香莉を見た。
 香莉は、ゆっくりと首を横にふった。
「ほうっ」
 あちこちでつめていた息が吐き出され、緊張のほどけた教室が呼吸を始める。
「死体って、何よそれ」
「小平で、そんなことあったの?」
「聞いたことある?」
「いや」
 みんな、口々に言いはじめる。
「どうですか? 浩太君が言った『ひっぱられる』ということについて、香莉さんが聞いたという『死体が流れ着いた』ということについて、調べてみますか?」
 男子の何人かが、うんうんとうなづいた。
 女子は、いっせいに首を振った。
「これを、四年生で取り組むテーマにしますか?」
 枝里子先生が、かさねて聞いた。
 教室は、またもや沈黙……。
 今度ばかりは浩太も、なんて言っていいのかわからなかった。
「先生」
 一番前で、敦也が手をあげた。
「どうぞ」
 枝里子先生が、手のひらで敦也を指す。
「僕たちは今、『ひっぱられる』にしても『死体が流れ着いた』にしても、何にも知りませんよね。それがほんとうなのか、うそなのかも。ということは、調べるようなことかどうか、今判断するのは難しいと思います」
〈敦也は普段から大人っぽい言い方するけど、さすがだ。そうそう、おれが何にも言えなかったのは、そういうことなんだ〉
 と、浩太は納得した。 
「だから、調べるにしてもう少し情報が必要じゃないですか?」
 枝里子先生が、大きくうなづいてにっこり笑った。
「それに……」
 敦也は、続けた。
「僕はそれよりも、恐竜についてもっと知りたいな。せっかく、北海道で一番最初に恐竜の化石が見つかったところなんだから。今だって、アンモナイトやいろんな化石が見つかってるんだから。三年生ではただ調べるだけだったけど、四年生では実際にみんなでしべ川上流に探しに行ってもいいし。小平小学校四年生が新化石発見、なんてあったらいいなあ」
「すてきっ」
「いいね」
 女子たちが、一気にざわついた。
 敦也は、女子を味方につける天才だ。
「賛成」
 女子にまじって、大志が言った。
 教室がそのまま敦也の意見に飲み込まれるかと思った時、
「でも、恐竜はあちこちで見つかってるよね」
 香莉が、言った。
「北海道なら、日本最大の『むかわ竜』の全身骨格が見つかった穂別(ほべつ)の方が有名じゃない?」
〈おっと、香莉、おまえ、女子を敵にまわす気か?〉
 今日はずいぶん、空気をぶちこわす。いったい、何があったんだ? いや、空気を読まないのは、いつものことか。
 思ったとおり、女子の視線がぶすぶすと香莉に突きささる。
 気づかないのか、香莉は知らん顔で続けた。
「いろんな人が全国から入ってるから、しべ川はもう調べつくされて何も残ってないって父さんが言ってた」
 そういえば香莉の父さんは、アンモナイトの収集家で有名だ。町の文化交流センターの展示室には、発見したアンモナイトがいくつも飾られている。
「はあん」
 浩太は、思わずなさけない声をあげた。沈黙も嫌いだったが、争いごとも苦手だ。
〈その辺でやめとけ、香莉〉
 浩太は、髪を二つに分けて結んでる香莉の後頭部に向かって「やめとけ」ビームを目いっぱい発したが無駄だった。
「熊とか蛇とかいるし、探しに行くのは、私はいやだな」
〈やっちまった……〉
「でも、一億一千万年前の白亜紀の地層だよ。今僕たちの住んでるこの土地を恐竜が歩いてたんだよ。すごいと思わない? しべ川のアンモナイトは渦巻きがすんごくきれいで、品種も豊富なんだ……」
 敦也が、知識を総動員して反論し始めた。何ごとも余裕の敦也にしては、めずらしく目がマジだ。いつもちやほやされてるやつは、案外否定に弱いのか?
「知ってる。でも、そんなの世界中どこでもそうでしょ。世界三大恐竜博物館があるのはカナダと中国、それに日本の福井県。日本で最初に足跡が発見されたのは、群馬県。群馬も福井も、恐竜王国って言われてるよ」
〈ひえぇ、女のくせになんでこんなに恐竜に詳しいんだ? 三年生では、ここまで調べなかったぞ〉
 浩太は家で恐竜図鑑を開いてる香莉を想像し、思わず椅子をひいて香莉から遠ざかった。
 隣の隣の悠人が大げさに手を振り、
〈あいつ、すげぇな。ほんとに、女?〉
 っていうように、香莉を指さした。言葉がなくても、悠人の言いそうなことはだいたいわかる。
 敦也があせった顔でさらに何か言おうとした時、枝里子先生が言った。
「まあ、香莉さん、恐竜のことよく知ってるのね。素晴らしいわ。何かを知ろうとする時、女も男もないわね」
 枝里子先生が、ちらりと悠人を見る。
「ところで、お父さんはしべ川によく調査に出かけられているけど、香莉さんも一緒に行ったことがあるの?」
 枝里子先生が聞くと、香莉はこっくりとうなづいた。
「じゃあ、まさか……、熊に会ったことも、ある?」
 礼奈が、大きく目を見開きはじかれたように香莉を見る。
 他の女子たちも、敵意をほどいて香莉を見た。
 香莉は、ゆっくりとうなづいた。
「ひえぇ」
「ふえぇ」
 どよめきが、広がった。
 吉村昭(よしむらあきら)って人が、「熊嵐」(くまあらし)っていう小説に書いた苫前(とままえ)は、小平からもうちょっと北へ行ったところだ。昔、大きな熊が家の壁を突き破って入ってきて、女の人を殺してお腹の赤ちゃんを食べたんだ。他にも何人も食べられて死んだんだと、枝里子先生が教えてくれた。あの時も、話聞きながら礼奈はびいびい泣いてたな。
「それで、どうしたんですか?」
「林の中に誰があんなはく製を置いたんだろうと思って父さんに言ったら、ちょうど車のそばにいた父さんがビビッビッィってクラクション鳴らして、それで熊はザーッて笹こいで逃げてった」
「ほうっ」
 みんなは、胸をなでおろす。
 リアルな体験は、やっぱり強ぇ。敦也と女子たちの戦意は、すっかり失せたみたいだ。
「熊が逃げてくれて、よかったわ」
 枝里子先生が、やさしく笑った。
「それじゃあ、今日はこのくらいにしましょうか。小平町について詳しく調べるのは、もう少し先なの。敦也くんが言う通り、『ひっぱられる』についても、『死体が流れ着いた』ことも、まだ情報が必要ね。それから恐竜についても、お家の人や周りの人によく聞いてごらんなさい。図書館や道の駅、文化交流センターに行って調べるのもいいわね。自分たちの町のことよ。知らないで過ごすより、ちゃんと知っておいた方がいい。四年生で何を調べるか、少しずつ情報を持ち寄ってみんなで話し合って決めましょう。それじゃあ、教科書を開いて」
 枝里子先生は、最初の単元「健康なくらしをささえる」の授業に入って行った。

 

  
〈つづく〉

 
   

小平町鬼鹿(おにしか)の海
撮影・北川浩一
 
 
 
 
 
鬼鹿の海にカモメが飛ぶ
撮影・北川浩一

 
 
 
 
●著者紹介


有島希音(ありしま きおん)
北海道増毛町生まれ。札幌市在住。執筆にいきづまると、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団のベートーヴェン、シンフォニー No.5を聴く。定番中の定番といわれようとなんといわれようと、私はこれで前へすすむ。同人誌「まゆ」同人。
著書に「それでも人のつもりかな」(2018・岩崎書店)。