企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第59回 

ギュンウシュウ出版社近況と2023年春の新刊

1.Bas Pedala Luna /『ルナ、ペダルをこいで』

ハジェル・クルジュオールが、国外の大会に参加したある自転車グループの姿を通して、新しいものを発見する精神、助け合うこと、信頼しあうこと、「違うこと」を楽しむ気持ちを描く。
 
小学校中学年以上推奨。
 
ルナは、友だちのイイト、イペキ、アタカンと「飛ぶ鳥自転車クラブ」を結成した。父さんに頼みこんで、母さんも一緒に、コソボで開かれる自転車ツアーの大会に参加できることになった。ルナと母さんは、見知らぬ国に、見たことのない音楽や食べものに夢中になって、一生懸命にペダルをこいだ。そう、メンバーとはぐれてしまうまでは確かに楽しかった。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
道に迷ったのがわかったので、自転車を止めた。もうこれ以上は進めない。ママは「もう少しがんばって、自転車こげる?」と聞いた。わたしは「もうむり」と答えた。テントを張って野宿しようよと言ったけど、ママはここでは野生動物に襲われるかもしれないから、もう少し先に進もうと言う。
 
「ルナ、ペダルをこいで!」
 
わたしは、こいだ。少しだけ。「むりだってば! わたし限界だよ! 見てよママ、足がもう一歩も進まないよ」
 
ママは、どうしようもないというふうに左右を見たけど、だれも通らない。電話も忘れてきちゃったんだから手も足も出ない。「パパが正しかったって言いたくないけど、パパは正しかったね」
 
結局ママは、助けを求めにでかけて、わたしはその場で待つことになった。ひとりでママを待つあいだ、わたしのそばにいてくれるのは、パパの言葉、友だちと過ごした時間の思い出、そして日記帳だけだった。
 
 

2.Fakirdağ /ファキルダー

サリハ・ニリュフェルが、引っ越し先の土地に慣れようと奮闘する少女デリンの姿を描く。デリン一家は大きな地震で家が倒壊し、小さな町へ引っ越さざるを得なくなった。
 
リアリズムを用いた飾らないことばで、人びとの姿、人と社会のつながり方を肯定的に語る手法が評価されている。子どもたちの想像力や、先入観を打ち壊す好奇心が、小さな村の秘密を探る冒険へとつながっていく。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
夏休みが始まって1か月、いつもみたいにバスケットボールの練習から帰ってきて、友だちのアフメットとゲームをして、ベッドに入った。夜中、ものすごい音がして目がさめた。そこら中からみしみしギシギシいう音と、大勢が走り回るような音がしている。窓からのぞいたら、向かい側に電車が急停止していた。なにがあったんだろう、全然わからない。見ていると、うちのアパルトマンからがれきが客車の上に落ちていく。
 
「どうしよう! 家に穴があいちゃう!」
 
私はうでで頭をおおって「パパ! パパ、どこ!!」と呼んだ。その時、だれだかわからない若い女の人がドアを開けて、懐中電灯でこっちを照らし「出られたわ! 止まって、気をつけて、ゆっくりよ!」とさけんだ。そうしたらまた揺れた。外の電車は線路の上で左右に揺さぶられて横倒しになった。わたしは悲鳴をあげようとしたけど声が出ない。だけどパパが来てくれた「ここにいるよ、もう大丈夫だ!」
 
抱きかかえられて、下の駅に連れてこられた。わたしは「これは全部夢!」と思って目を閉じた。目がさめてみると車の中にいて、ママは向こうでだれかと話していた。呼ぶと、そばにきてくれてこう言った。「デリン、目がさめた? 地震が起きたの」
 
被災したデリン一家は、小さな町へ引っ越した。デリンは知らない土地が不安だったが、近所の人びとと知り合うにつれ不安はぬぐい去られていく。新しい友だちと木に登り、迷子のネコをさがし、見たことのない植物を見つけては楽しむようになった。そうしているうちに、骨董屋の巨人、大きく腰の曲がったふしぎな老人、人気のない家の庭にある石のふた……いろいろななぞがデリンの前に現れてくる。
 
物語中の、地震の起きた季節や時間などから、作者は、1999年にトルコ北西部で起きたイズミット大地震をモデルにしていると考えられる。またタイトルの「ファキルダー」は物語の舞台となる古い家につけられた名である。
 

作家プロフィール


Hacer Kılcıoğlu
(ハジェル・クルジュオール)
エーゲ海地方マニサのアラシェヒル生まれ。英語教師として勤務した。旅行好きで知られている。自身の子ども時代の思い出を『わたしはむかし子どもだった』(2003)、『ジャーレと語る』(2006)にまとめている。
最初の児童向け作品は『木曜日がとても好き』(2009)。続いて同じ地区で育った3人の芸術家の子ども時代を描いた『イズミルの3人の子ども―セゼン、ハルク、メルテム』(2010)を発表した。また、旅行での体験を反映させた『お月さまはどこにでも』(2012)は、Çocuk ve Gençlik Yayınları Derneği(ÇGYD/児童・ヤングアダルト図書協会)の、「2012年の物語作品」に選ばれた。
2015年の『山は沈黙し、山は語る』で、ヤングアダルト作品にも挑戦した。『ラジオの窓』(2019)に続き、『こんにちは薬局』(2021)を発表した。『ルナ、ペダルをこいで』(2023)が最新作となる。
イズミルに暮らし、娘と息子がそれぞれひとりずつある。
 

Saliha Nilüfer
(サリハ・ニリュフェル)
1972年、イスタンブル生まれ。当初は詩人として活動しており、作品は多くの雑誌に掲載されている。英語、スペイン語、カタルーニャ語の翻訳でも知られ、主にアルベルト・マングエル、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マリオ・バルガス・リョサ、バビエル・マリアスらの作品の翻訳を行っている。
2006年の小説『アンダルシアの物語』に続き、詩集『消える冒険』(2016)などを発表。ギュンウシュウ出版でも児童向け作品を翻訳している。同出版社での著書は2021年の『銀色の水のとき』が最初となる。最新作は『ファキルダー』(2023)。
夫、息子とともにイスタンブルに暮らす。
 
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)