企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第30回
 

2019年11月2日(土)、イスタンブル・ブックフェアーへ足を運びました。天気がよくて、イスタンブルは少し暑いくらいでした。

 
 
ブックフェアー会場へはホテルの最寄駅から、メトロビュスという専用レーンを走る公共交通機関に乗ります。バスに似ていますが、バスではありません。会場が最終駅なので、行き先を間違えさえしなければ乗り換えせずに行くことができます。

 
 
以前、メトロビュスが開通していなかったときは、イスタンブル内のあちこちから送迎バスが出ていました。大型観光バスタイプなので、担当の人が人数を数えて乗車させてくれるのですが、大らかな数え方ゆえしばしば人数オーバーし、タラップに座って行くことになる人が出たのを思い出します。かく言う私も一度、タラップに座ったことがあります。見知らぬお姉さんと一緒でした。乗客を乗せた、と思ったら即出発してしまうので、「あー! 席がありません! 下ろして!」と言う間もないし、まあタラップに座って行けばいいか、となるのがトルコ。

 
 
2019年のイスタンブル・ブックフェアーには、公式発表で60万5千人が来場したそうです。このうち学生(小学生~大学在籍者)の人数は22万1293人で、昨年比20パーセントの増加との報告でした。

 
 
吹き抜けの二階から写真を撮っていると、来場のお客さんたちがどんどん集まりはじめました。その中心にはスーツ姿の男性。私がいるところからは後頭部しか見えなかったので、隣にいた方に「あの方は?」と聞くと「イスタンブル市長ですよ」と教えてくれました。

 
 
 

©suzuki ikuko
写真の左下に向かって集まっていく人たち。
写ってはいないが、その方向にエクレム・イマムオール市長がいる
 

 
エクレム・イマムオール(Ekrem İmamoğlu)市長は、2019年6月に就任した、イスタンブルの新市長(注:この「市」は、日本の都道府県と同様の行政単位)です。この日がブックフェアーの初日だったので、視察に来たもようです。周囲に押しかけたたくさんの人たちに、握手も自撮りも、どんどん応じていました。

 
 
ギュンウシュウ出版のブースに向かうと、ハンデ・デミルタシュさんと、ミュレン・ベイカンさんが出迎えてくれました。ハンデさんはこの時期にはいつも、ひどいのど風邪を引いているのですが、今回は元気でした。

 
 
2019年の新刊からおすすめを教えてくださったので、紹介していきます。
 
 
 
1.Neşeli Günler /『楽しいまいにち』

 
ヤングアダルトのON8文庫で、İnsan Kendine de İyi Gelir(人とはこれ、良きもの)、Gizli Sevenler Cemiyeti(密かに愛しむ人たちの会)などを発表した、人気作家アフメット・ビュケが手がけた児童書。ゼイノの家族シリーズの3作目。小学校低学年以上推奨。挿絵はセダット・ギルギン。

 
 
 
 

© Günışığı Kitaplığı

 
 
 最近、パパがゼイノと一緒に朝食をとるようになった。学校にも送ってくれるから、ゼイノはスクールバスにはけこまなくていい。すごくうれしいけれど、ゼイノはだんだん不思議になってきた。

 
 
「パパの仕事のお休み、長すぎない? 夏休みでもないのに?」

 
 
実は、パパの職場が閉鎖されてしまったのだ。「また別の仕事を探すよ」とパパは言うが、ゼイノは毎朝パパと一緒にいられる方がうれしいと思った。その夜、ママが「少し話しましょう」と言い出して、三人で家族会議が開かれた。猫のパスパスも同席した。なんとママも仕事をクビになったという。パパとママは、「今はそういう苦しい時代なんだよ」と言った。 

 
 
1作目『わあ! パパが詩をかいた!』、2作目『ママと宇宙へ』では、ゼイノ一家は都会に暮らしていた。しかし、パパもママも無職になったので都会で暮らしていくのには、資金面で問題が出てきた。そこへ声をかけてくれたのが、パパの幼なじみセルチュクおじさんだった。

 
 
セルチュクおじさんは、ゼイノたちの暮らす都会から少し離れた海辺の村に住んでいて、漁師と魚屋をやっている。パパはその仕事を手伝うことになり、ゼイノ一家は、海辺の村へ引っ越した。

 
 
ママはインターネットを使って仕事をはじめ、ゼイノは新しい村の生活にすぐ慣れた。転校先でネシェという親友もできた。都会とは違った毎日が、ゼイノは楽しくてしかたがなかった。

 
 
アフメット・ビュケは、「生活を楽しくする」ということが、困難な状況にあっても大切であるということ、それには「画一的な生活における役割分担」というものは、取り払ってしまったほうが気楽であるということを描き出したかったのだと、ハンデさんは語った。
 
 

2.Berk ve Çıp Çıp Dedektif Oldu
/『ベルキとチュプチュプ探偵になる』

子どものためのミュージカルの脚本を書いているカーン・エルビンギルの、「ベルキ」シリーズの3作目。好奇心いっぱいの少年ベルキが巻き起こす騒動を描く。挿絵は、メルヴェ・アトゥルガン。小学校低学年以上推奨。

 
 
 

 
© Günışığı Kitaplığı

 
 
発明家、オペラ歌手となりたいものを探してきたベルキは、今作では、探偵になる。

 
 
ベルキは大好きなテレビシリーズ、名探偵ヘップチョゼル(注:『何でも解決』を意味するトルコ語)を見ていた。画面の中のヘップチョゼルは『私は名探偵! 世界で最も重要な仕事をしている者だ!』と言って、となりにひかえていた助手のケスキンギョズ(注:『鋭い目』を意味するトルコ語)に指を鳴らしてみせる。すると、助手はあっという間に、地図を探偵の前に広げた……。

 
 
「そうだ、これだ!」ベルキは決めた。「ぼくも探偵になろう! でも、助手がいないや」

 
 
そうしたらお母さんが「弟がいるじゃない」と言った。ソファの下にもぐって、お尻だけつき出している弟に何ができる? 早いところ助手を見つけなくちゃならない。

 
 
ある晩、おじさんが訪ねてきた。おじさんは、「極東」というところに住んでいて、中国人や日本人と生活している。そんなおじさんが連れてきた犬のチュプチュプが、ベルキの助手になった。一人と一匹は、街で学校で、あやしい人物を見つけようと張り切る。

 
 
同じころ、ベルキの住んでいる街で色いろなものがなくなるようになり、どうやら泥棒がいるらしいということになった。チュプチュプが犯人だと言いだす人もいて、ベルキは真犯人をつかまえようと決める。

 
 
とにかく楽しい話を書こう、を目標に執筆を続けているカーン・エルビンギルの作品は、登場人物の楽し気な動きが伝わってくると編集部は評している。

 
 
 
執筆者プロフィール
 


 
Ahmet Büke
(アフメット・ビュケ)
1970年、トルコ・エーゲ海地方のマニサ生まれ。1997年、イズミル・ドクズ・エイリュリュ大学の経済行政学部経済学科を卒業。2008年、オウズ・アタイ文学賞、2011年サイト・ファーイク文学賞を受賞した。精力的に作品を発表してきたが、近年その場を雑誌からインターネットに移した。ギュンウシュウ出版での最初の作品となった(『深い問題』(2013)も、ON8文庫のブログに連載されていた『ベドの本棚』を書籍化したもの。同作はÇocuk ve Gençlik Yayınları Derneği’nin(ÇGYD/児童・ヤングアダルト図書協会)で、同年のヤングアダルト作品賞を受賞した。自身の発表の場としても、複数のブログを持っている。
 
2015年に、書籍について独自の視線で解析・紹介をする、『百の奇妙な本』を発表した。2017年に初めての児童向け作品に挑戦した。
 
家族と共にイズミルに暮らす。
 
 
 
Kaan Elbingil
(カーン・エルビンギル)
1971年、トルコの黒海地方のリゼ生まれ。ドクズ・エイリュル大学イズミル音楽学校で声楽を始め、ビルケント大学音楽学部声楽科を卒業。アンカラとイズミル県立オペラ・バレエで、コーラスを務める。演劇学も学んでおり、ラジオ番組の脚本なども手掛けた。イスタンブル県立オペラ・バレエに勤務している。子どものためのミュージカル「探偵犬ジャシュ」はイスタンブル県立劇場で、2016年から上演された。 最初の児童書作品『べルキは発明家』(2016)の出版をきっかけに、児童書作品、一般小説の執筆を続け、シリーズの二作目としてオペラの世界をテーマにした『ベルキはオペラ歌手』(2017)を発表した。イスタンブル在住。
 
 

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Hande DEMİRTAŞ
(ハンデ・デミルタシュ)
 
1970年、イスタンブル生まれ。大学で、美術品の修復を学ぶ。1995年、ギュンウシュウ出版の創設に関わって以来、同出版社に勤務。さまざまな部署を経て、現在はギュンウシュウ出版の著作全般に責任をもつ副社長として業務にあたっている。会社経営にも携わりつつ、出版される全著作物に目を通し、最終的なチェックを行う役割も担っている。