企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第23回
 
 
 
1. Ay Dolandı/『絡みつく月』
ハルドゥン・タネル文学賞を受賞したネスリハン・オンデルオールの、ヤングアダルト向け作品。 ON8文庫では、一冊目となる。
 

© Günışığı Kitaplığı
 
ひどくまぶしくてサリハは目を覚ました。屋根も壁も吹き飛ばされた自分の家の中で、土ぼこりにまみれて気を失っていたらしい。まぶしかったのは、屋根がないからだ。普通に自分の部屋で眠りについたはずなのに、おかしい。きっと夢だと思った。家の中にはサリハ以外は誰もおらず、外も廃墟になった家が並んでいて、人っ子一人いない。一匹の犬だけが、サリハにうなってみせると、どこかへ消えてしまった。進んでいくと作業員らしき男が二人いた。聞けば、この廃墟を取り壊すことになっているという。恐ろしくなったサリハは、「父さんを探さなきゃ」と言って、自分の家だった廃墟に戻る。空を見上げると、月がありえないほど美しく輝いていた。それを見たサリハは、これが夢だと確信する。
こうして毎晩、サリハはベッドに座り、夢の中で記憶をかき回しては、自分に関する秘密を探す。何年も頭の一番奥に埋もれていた秘密、降りかかった災難、誰も知らない病気、犯した罪。そんなものを記憶から引っ張り出しては、ミランに会いに行く。
ミランと会ったのは、大学準備コースの授業料のためにアルバイトを始めたショッピングモールだ。初めてのときめきを感じて浮き立っていたのに、サリハ一家の生活の方が一変してしまった。家族の間に愛はなくなったし、父さんが建てた家も、もはや「家族の場所」ではない。ばらばらになった人間関係、好き勝手に動く人々の中にサリハは取り残され、もがくことになる。
 

© ikuko suzuki
イスタンブルには、中心部・郊外問わず、ショッピングモールが次々と建設され、そんなに必要なのか、という議論も度々起こる。 主人公がバイトをしているのも、そういったモールのひとつだろう。写真は、イスタンブルの中心地イス ティクラール通りにあった古いパサージュを改装した、シネマコンプレックスも備えた小ぶりのショッピングモール。
 
作者は、互いに大きく異なりながらもどこか似ている若者たちの精神世界と、絡みあうように、互いの周りをまわるように生きる者たち、見えない傷に焦点を当てた。非現実的な表現を用いながら今日のトルコを描き出している。
 
 
2. Saklı Bahar/『隠された春』
詩人でもあるチーデム・セゼルが、ギュンウシュウ出版で発表した二作目のヤングアダルト向け作品。都会の一隅に身をひそめるようにする一家族を軸に、トルコの現代社会の問題点を描き出す。
 

© Günışığı Kitaplığı
 
バハルは、友人のメルヴェから、ボーイフレンドのバルシュと映画に行きたいので口裏を合わせてほしいと頼まれる。メルヴェの両親は、娘の異性関係をはじめとして、行動の一切に干渉してくるのだ。メルヴェは息苦しくてやっていられない、早くこの町から出ていきたいと言う。バハルが断ると、好きな人の一人もいないのかとメルヴェは聞くが、バハルは、相手をとっかえひっかえする友人たちのような恋はしたくないと答える。メルヴェには好きな相手はいないと言ったが、バハルは8歳のときに初めて出会ったウミットに、それから十年、ずっと恋をしている。
バハルは、今の人生に満足しているようにふるまってはいるが、村に閉じ込められた現状に焦りも感じている。静かな水のような毎日だ。大学受験の準備をしつつも、村の駅から列車に乗って旅立ったら、と考えることもある。
そんなある日、バハルの元に届いたメッセージが、大きな荒波を巻き起こした。一家の、古い問題が顔を出し、言い合いと議論が始まった。
バハルをはじめとする四人の若者が、なんとか自分自身の人生を構築しようともがく姿を描く。同時に、結婚の強制、ドメスティックバイオレンス、立ち退きなど、現代トルコの問題にも切り込んでいる。しかし、作者はあくまでも若者たちの心の動きに寄り添い、詩人らしい豊かな言葉を用いて作品世界を作りあげていると、編集部は評価している。
 

 
 
 
執筆者プロフィール
 


 
Neslihan Önderoğlu
(ネスリハン・オンデルオール)
イスタンブル生まれ。ボアズィチ大学経営学科を卒業。『お入りにならなかったの?』(2012)で、2013年、ハルドゥン・タネル文学賞を受賞。著書に『季節の法線』(2013)、編集も務めた選集に『雪にまみれた冬の物語』(2014)。
最初の児童向け作品は選集『おはなしして』に収められた。その後、様々な児童書の企画に加わり、「サルンチのお話の雑誌」で編集者を務める。最初の児童向け長編小説は「かけはし文庫」のために書いた『私にあなたの声を預けて』(2015、ギュンウシュウ出版)。その後、ヤングアダルト向けの短編集『不幸せなピエロ連盟』(2016)を発表した。
 
 

Çiğdem Sezer
(チーデム・セゼル)
1960年、トルコ黒海地方のトラブゾン生まれ。アンカラ・ゲヴヘル・ネスィベ保険教育機関を修了。ヨズガット、トラブゾン、アンカラ、サカルヤの高校で教員として勤務する。詩人としても活動し、最初の詩集『傷ついた繻子の鳥』(1991)は多くの賞を受賞した。その後、複数の詩集、都市に関する研究書、一般向け小説など多岐にわたり活動を続ける。
子ども向け詩集『にげだしたアルファベット』で、2014年、トゥルカン・サイラン芸術賞を受賞。『幻想の谷』(2011)、『秘密の外つ国人』(2014)、『ワンダフルチーム』(2015)などのヤングアダルト向け作品を発表。ギュンウシュウ出版では、「かけはし文庫」で、やはりヤングアダルト向けの作品『人生はお菓子屋さんの中にあり』(2017)を出版している。