企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

番外編
 
 
今年は新型コロナウイルス感染拡大にはじまり終わる1年となりました。
世界中の人びとが大なり小なり無傷ではいられないなかで、
「本作り空Sola」はなんとか踏みとどまって仕事をまわしております。
ひとえに関係者のみなさまのお力添えあってのこと、感謝しております。
来る年に希望を託し、2021年がみなさまにとって幸ある年でありますように。
 

本年最後のお楽しみ!
トルコ語の通訳や文学の翻訳を手がける鈴木郁子さん。
SolaWebサイトの常連コラムニストでもあります。
郁子さんがトルコで撮った猫たちの写真を紹介します。
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ボスフォラス海峡沿いのオルタキョイにて、画家と猫。
オルタキョイでは週末にアクセサリーや手作りの品を売る出店が並ぶ。
画家のおじさんは、20年毎週末ここで絵を描いている。
猫は野良。
「描いているといつも来るんだよ。美人だろう?」
これを撮ったのは、2013年。ここ数年オルタキョイに行っていない。元気だろうか。
 
  
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ボスフォラス海峡沿いのオルタキョイにて。
アクセサリー店ペガススの猫。
私「ハンサムですね」
店の人「みんなそう言うんだけど、女の子なのよ」
私「あら、ごめんねお嬢さん」
猫「……」
私の間違いも失言も全部わかってるぞ、という顔をしていた。と思う。 
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ベイオール地区のガラタにて。
石鹸屋の猫。
客が通っても絶対にどかぬ、我が居場所はここである。
という決然たる意志を持って、本当に絶対に決して動かない。
客は「失礼」と言ってまたぐか、遠回りするか。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ベイオール地区のガラタにて。
石鹸屋の猫。
何代目かはわからないが、先代(昨日の)同様に動かない。
しかし少しだけ端に寄ってくれてはいる。
そして少しだけ愛想がよい。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ベイオール地区のガラタにて。
ガリップ・デデ通り下の猫。
窓に敷いてある緑のふわふわは、店主の好意か、ご近所の好意か。
店ではアンティークの切手を売っている。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ファティフ地区のジャフェルアー・メドレセ。
メドレセはオスマン帝国時代の宗教学校のようなもの。
今はトルコの伝統手工芸の教室などが開かれている。
この辺はいつも猫が多い気がする。固まっていたりうろうろしたり。
家族か兄弟か。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ファティフ地区のマフムト2世(在位1808~1839)廟にて。
廟の敷地内にある墓地を行く猫。
墓地の奥にはカフェがあり、墓を見ながらチャイが飲める。
よく猫が通りかかるので、同時に猫を見ながらチャイが飲める。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ファティフ地区のマフムト2世廟にて。
昨日の猫の顔。
あのあと、くるりと向きを変えたので慌てて撮影。
こちらを見向きもせず。
はなもひっかけない、とはこのこと。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ファティフ地区のマフムト2世廟にて。
ハムディ・パシャのお墓の上に猫。
棺のふたに水が溜まりやすいところがある。
そこが水飲み場になっているらしい。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ファティフ地区のマフムト2世廟にて。
ハムディ・パシャのお墓の上の猫に寄ってみた。
『とびらをあけるメアリー・ポピンズ』の「王さまを見たネコ」の挿し絵を思い出す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ファティフ地区のマフムト2世廟にて。
林立する墓のあいだ。
よく見るといる、猫。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
カパルチャルシュ(グランドバザール)の猫。
どこの店の猫と言うわけでもなく。
誰かがえさと水と寝床を置いている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
シルケジ駅ホームの猫。
『オリエント急行殺人事件』の始発駅。
エルキュール・ポアロはここから汽車に乗った。
鉢の並ぶ左側はレストラン「オリエント・エクスプレス」
 
 
 
 
  
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
サマティア地区の道端にて。
プランターに植わる猫。
撮影は寒い日だったが晴れていた。
暖かく、かつはまりやすい場所を見つけたらしい。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
サマティア地区の道端にて。
車の屋根に猫。
この道でいちばん日が当たる場所だった。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
カーリエ博物館の前庭に猫。
もともとはコーラ修道院だった。
小さな前庭に石畳のくねくね道。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ベイオールの中心地、イスティクラール通り。
シシハーネ側の入り口に座る猫。
赤い字で「寝るな!」とある前で寝る。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ベイオールのイスティクラール通り
カンペール(靴店)のソファに猫。
イスティクラール通りの野良。
この日は11月の寒い日。
入ってきたので、寒いからなと思ってそのままにしてある、と店の人。
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
アヤソフィアの猫。
ビザンツ帝国時代、「聖なる知恵」を意味するハギア・ソフィア大聖堂だった。
いつでも猫がいるが、一匹以上はいない。
ビザンツ帝国皇帝の祈りの場に選ばれる猫は、一度に一匹。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
アヤソフィアの猫。
昨日の猫から5年後の選ばれた一匹。
踏まれてしまう、とハラハラするが、人のいないところをススっと走っていく。
猫目線のアヤソフィアも一緒に。
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
スレイマニエ・ジャーミーの猫。
スレイマン1世(在位1520~1566)の廟へ続く墓地にて、至福の昼寝。
あまりにのびのび寝ているので、上から横から撮ってみた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イスタンブル、ヨーロッパサイド
ゼイレッキ・ジャーミー正面のカフェに猫。
確かに客はいなかったので、イスのひとつやふたつ占領しても問題ない。
ゼイレッキ・ジャーミーはかつてパンクラトール(全能者ハリストス=キリスト)修道院だった。
アヤソフィアに次ぐ、巨大なギリシャ正教の聖堂。
現在はジャーミー。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
黒海地方カラビュック県のサフランボルにて。
旧市街の猫。
ホメロスの『イリアス』に「パフラゴニア」として出てくる国の一部だった。
旧市街は小さなホテルが多く、観光地。
世界遺産なので道も石畳のまま。
そこにはまって、寝る。
ロバもいる。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
黒海地方カラビュック県のサフランボルにて。
旧市街の猫。
窓からのぞく二匹。
サフランボルに残るオスマン朝時代の家は窓が多い。
あちらの窓からこちらの窓へ、家猫も退屈しない。
 
 
 
 
 
 
 

 
 

 
 
地中海地方、アンタルヤ
カレイチ(旧市街)の猫。
7月の地中海地方は暑い。
夕方の晴れた日には西日がまっすぐカレイチに射しこむ。
当然ながら、猫は涼しい場所にいた。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
ブルサの旧市街にて。
かつて繭の取り引きが行われていたコザ・ハン前の猫。
コザは繭のこと。
11月、猫は温かい場所を知っている。
乗せてやってもいいぜ、に見えなくもない。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
マルマラ海地方、ヤロワ
オスマン帝国以前から続く温泉地。
温泉施設のカフェに猫。
なにかちょうだいという顔だった。
残念ながら私が頼んでいたのはチャイのみ。
きれいな猫だったので、何枚も撮る。ただで撮って申しわけない。
 
 
 

●註
「おひさまの出版社」ではないため、〈番外編〉とさせていただきました

 
 
 
執筆者プロフィール
 


 
鈴木郁子(すずき・いくこ)
 
「トルコ文学を学ぼう」と決め、出版関係の仕事を辞め、再び学生になるためにトルコ入りしたのは、2006年4月のこと。日本の大学で学んだのは日本の上代文学で、トルコ文学のことは何も知らなかった。
 
語学学校を経て、トルコはイスタンブルのマルマラ国立大学大学院に合格したのが2008年9月。トルコ学研究所の近・現代トルコ文学室に籍を置き、19世紀末から現代までのトルコ文学を学んできた。トルコ語で書いた修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。帰国後も、近・現代トルコ文学研究、翻訳、通訳、講師など、トルコ語に携わる。児童書を含め、トルコ文学を少しでも日本に紹介しようと動いている。